03



「ミナキ、遅い時間にごめんね」
「最近やたらと物騒だからな。気にする事ないぜ」

 昼間の賑やかな街の様子はすっかりなりを顰め、静かな裏路を歩く。マツバのところから着いてきたゲンガーも多分その辺にいるんだろう。時々ぬっと影から出てきては私たちの事をからかい消えていくなんてやり取りを、既に三回ほど繰り返していた。
 具体的な対策は明日にしようという事になり、とりあえず今日の所はポケギアをマツバに預けひとまず実家へと帰ることにした。夜も遅いからとミナキが道中の用心棒を買って出てくれた為、彼とたまごを抱えた私、それからゲンガーの二人と一匹で夜道を歩く。
 先日の天気予報ではもう夏の気配がなんて言っていたが、夜はまだ過ごしやすいからありがたい。首元をさらりと抜けていく気持ちのいい風を感じながら、来月はこうもいかないだろうなと思うとほんの少しテンションも下がってしまう。

「心配か?」
「え?あー……、それはそれで心配だけどね」
「なんだ違うのか」
「うん。もうすぐ夏だなぁって思って」
「はは、そういえば君は夏が苦手だったな」

 ミナキの目が心配そうに私に向けられていたので、そういうわけじゃ無いから大丈夫だと笑顔を返す。夏が来るのが憂鬱だと言った私に、彼はなんだそんな事かとからからと笑っていた。
 そんなミナキは夏が一番似合うような気がする。溌剌として元気なところはアクティブな夏のようだし、彼の瞳も海のように綺麗な浅葱色だ。
 台風のように不定期に帰ってきては賑やかくして去っていくし、スイクンの事になると途端に鬱陶しくなるところはまるで梅雨のしつこいジメジメみたい。
 
「ちょっと待て。それは暗に、私の事も嫌いだと言いたいのか?」
「いやいや、そうだったらお供に連れてきてないでしょ。別にスイクンの話してるミナキ、嫌いじゃないよ」
 
 ならよかったとかなんとか言って胸を撫で下ろしている横顔に、こんなにも長い付き合いの幼馴染相手に今更何の心配をしているのかと呆れてしまう。
 スイクンの話を始めると少々厄介なのは事実だが、彼は誰にでも優しく誠実だ。カラッとしていて分け隔てない性格をしているし、やっぱりミナキは夏のような男だなと思う。
 まあ話が長いのは鬱陶しいんだけど。そう付け加えればゲンガーも影から出てきて頷いていた。そんな私たちを見て、勘弁してくれとミナキの眉が下がった。ので、背中に軽いひと叩きをお見舞いしてやった。

「もう冗談だってば!そんな事で嫌いになってたら、十年以上幼馴染なんかしてないよ」
「それもそうか。けどな、スイクンの美しさと逞しさや瑞々しさはまだまだ語り足りないんだぜ?聞いてくれ!この前なんてなぁ――」
「ストップストップ!そういうところ!」

 このままでは家の前でスイクンの話を小一時間聞かされることになる。それだけは回避したい、そう思い慌てて遮った。
 勘弁しては私のセリフだと言えば、君たちに嫌われたら私は友人が居なくなってしまうからなあ、なんてミナキが笑う。その顔は先程の萎れた表情とは打って変わって冗談めいており、からかっていたつもりが逆にからかわれていた事に気が付いた。

「まあでも、私はこれでも結構心配しているんだぜ?」

 ヤイトはすぐ変なものを連れてくるからと苦笑い気味にため息をついていた。以前マツバからも似たような事を言われた気がする。
 私からすれば、ミナキも旅先々で見舞われたトラブルを持ち帰ってきたりするしお互い様だろう。マツバには厄介な幼馴染たちだと思われているのかもしれないけれど……。
 
「ゲンガーがついている事だし、とりあえずの心配は無いだろうが。何かあったら遠慮なく連絡してこい」
「うん。ありがとうねミナキ」
「ゲンガーもよろしく頼むぜ」

 闇に投げられた用心棒への檄は、静かなエンジュの町に溶けていった。


 *


 そろそろ帰ってくる頃合いか。
 静かになった居間のテーブルで、ひとり最中を摘みながらぼんやりと予想する。千里眼なんてもの使わなくても、旧友たちの行動はなんとなく読めてしまうものだ。
 先程幼馴染が持ってきた茶葉を急須へ放り込めば、爽やかな若葉がふわりと香る。毎年お裾分けだと譲ってもらうのだけど、店舗で買えばそれなりに値が張るだろうに。
 今年のものは一等出来が良いのだそうだ。ヤイトが自慢げにそう言っていたし、今度両親にも分けてやろう。特に父は彼女の実家のお茶がとても気に入っている。だからきっと喜ぶに違いない。
 数年前キキョウの別宅へと引越していった両親の事を考えていると、タイミングよく玄関の引き戸が音を立てた。
 
「おかえりミナキくん」
「ただいま。その後どうだ?」
「なんともないね」

 机の上のポケギアへ視線をやる幼馴染。その眉間にシワが寄っているのを珍しく思いながらも、湯呑みを勧める。

「心配かい?」
「ん?ああ、そりゃあな。それは君も同じだろう」
「うん。そうだね」

 そうなんだけど、そういうことではなくて。なんて言葉が口をついて出る前に湯呑を煽る。
 勿論僕だってヤイトの事が心配でないわけがない。だけど、もう一人の幼馴染の”心配”とはまた少し違うような。自分の目から見た彼はずっと、――いやそれを詮索するのは野暮というものか。彼が自覚しているのかいないのか。それは分からないが、本人がその気になった時、ほんの少し背中を押してやるくらいの事はしてやろう。
 そんな気持ちは隠すようにしてもう一度お茶を啜り、思考を某事件の事へ切り替えた。

「君が出かけている間に少し見てみたんだけど、今回のは少しばかり厄介かもしれないね」
「……というと?」
「僕の千里眼でも原因がはっきり分からない事はあるんだけど、そういう時は大体複数の要素が絡んでいることが多くてね」

 恐らく人の思念をゴーストポケモンが増幅させているのは間違いないだろう。だけど、どうもそれだけではないような気がするのだ。なかなかはっきりと原因が掴めずにいるのはそれのせいだと思うんだけど、と最中の包みをもう一つ広げ開げながら説明する。
 人の思念というのが、ヤイトの話に出た乗船しなかった客なのかは分からない。そもそも何故彼女だけに執着しているのか、それも明日調べてみる必要がありそうだ。

「ミカンちゃんならアサギであった事故の事、何か知っているかもしれない。朝にでも連絡してみるよ」
「アサギのジムリーダーか。なるほど確かに」

 どちらにせよ、今日のところは何も起こらないことを願うしかない。そもそもゲンガーがそばについているならあまり心配することもないだろう。彼らゴーストポケモンが原因になってしまう事も多いが、逆に味方へつけてしまえば怪異的な現象にはめっぽう強く出れる。僕なんかよりも心得ているのがゴーストポケモンというものだ。
 だから心配せず今日のところはゆっくり休めと、目の前で難しい顔をしているミナキへ笑いかける。しかし彼の顔は依然真剣な表情で、少し悩んでから我慢ならないとでも言いたげに口を開いた。
 
「確かにヤイトの事は心配なのだけどな。――それよりもだなマツバ、一体最中何個目なんだ……」
「何の話だい」
「お前がこんな夜遅くに食べた最中の数の話だぜ」
「だって美味しいじゃないか。ここの最中」

 食べ過ぎだ!と僕の手元と近くにあった箱があっけなく回収されてしまう。明日からは一日に二個までという小言を放った幼馴染に、先ほど詮索をやめた"野暮"への対応はほんの少し改めてもいいかもしれないな、なんて考えるのだった。