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 例の事件からふた月が経った。
 あの翌朝、僕も行くよなんて言い出したマツバの気紛れにより、幼馴染をふたり連れ立って私はコガネデパートを訪れた。
 とりあえずちょっと見てくるからと一言断り、単身通信機器のエリアへ足を運ぶ。その間は彼らも最新の機種を物珍しそうに見たり、付属のアクセサリーを手に取ったり。そんな感じで各々好きに過ごしていたと思う。
 私もずらっと並んだポケギアを前に、そんなに多くは求めていないし今まで通り時計と電話が使えれば何でもいいかなんて思っていたのだ。だからすぐ決まるだろう。そんな風に安易に考えていたのが悪かった。
 最近のポケギアは種類があまりに多かった。想像していたよりも豊富な品揃えは、私の求める時計と電話なんてそんなものは当たり前の機能ですよと言わんばかりだった。
 最低ラインが写真も撮れてラジオも聞けて、更にはマップも搭載済みだという。多分まだやれることは沢山あるんだろう。使っていたものから急に三段階くらいランクアップしてしまって、私には大革命すぎた。
 優柔不断な性格も手伝って完全に迷い始めていた私へ、最初に助け船を出したのはミナキだった。いいのはあったのか?なんてそれとなく声をかけてきたので、正直に種類がありすぎてよく分からなかった事を白状する。すると、そういう時は早く店員さんを呼べと言いつつ、早速人のよさそうな眼鏡の男性を捕まえ戻って来た。
 マツバもそこへ合流し三人一緒に説明を聞き始めたのだけど、あの機種は何ができるのかとか、これの容量はどのくらいなのだ、だとか……。本人を差し置き前のめりに質問を飛ばす彼らが、お連れ様もこの機会にぜひ!だなんて百点満点な接客ワードを店員さんから引き出すまでにそう時間はかからなかった。
 半年ほど前に発売された最新機種にはショートメール機能がついていた事もあり、気軽に連絡が取れるようになると助かるねというマツバの一言で全員そこへ落ち着いた。その時、突然帰ってくるのはもうやめてくれだなんて小言も添えていたが、これは言わずもがなミナキ宛だろう。
 そんな感じで、マツバとミナキは今まで通り紫と水色。私は新色の黄色いポケギアへと全員仲良く機種変更を済ませた。そのまま付き合ってもらったお礼にお昼ご飯をご馳走し、ミナキのおかげで何事も無くアサギまで戻ってくることができたわけだ。

「で?その後は大丈夫なの?」
「偽マツバ事件のこと?」
「なんだいその変な名前……」

 電話の先の聞き慣れた声は、話ついでにといった様子でそう切り出した。ちなみに、今日の相手は正真正銘マツバ本人だ。
 例の事件。もとい偽マツバ事件。彼が聞きたいのは多分、あの後も着信が続いているのかとうっかり出ていないかということだろう。
 結論から言ってしまうと、着信は多分まだ続いているのだと、思う。非通知設定で何度か着歴が残っていたのを確認しているから。
 というのも、うっかり出てしまわないように、少し前から非通知からの着信を全て拒否設定にしてしまったのだ。だから今もマツバではない何かは、私に電話をかけ続けているのかもしれない。拒否してしまえばこちらのもんといいますか、あれから私の着歴は平和そのものだ。

「という感じ。お陰様で今はなんともないよ」
「ならいいけどさ。ミナキくんも気にしていたし、連絡入れてあげたら?」
「連絡しても、ミナキから返ってこないじゃん」
「まあそうだけど……。とにかく、知らない着信には気をつけてよね」

 君は昔から変なものに好かれやすいから。溜め息交じりにそう続けたマツバへ、分かってるよと返事を返す。

「えっと、それで……来月末だっけ?多分大丈夫だけど、念の為に確認するね」
「申し訳ないけどお願いします。おばさんにもよろしく伝えて。それじゃ」
「はーい」

 来月末にマツバのお祖母さんの十七回忌をするとの事。今日の本題はその件だった。
 私がまだ幼い頃、それこそスクールに通っていた頃にマツバのお祖母さんにはよく面倒を見てもらったものだ。
 そして、それはミナキも同じ。彼の地元はカントーのタマムシだけど、週末や長期休暇になるとよくマツバの家へ遊びに来ていたし、逆に私たちが彼の家へと遊びに行くことも多かった。
 その時にできた親同士の連絡網は未だに機能しているらしい。本人たちの知らないうちに本人の近状報告会が行われているのを私は知っている。ついこの間も、『ミナキくん今イッシュにいるみたいよ』なんて母がこぼしていた。
 ちなみに、この連絡網の事を私は密かに"ミナキ生存確認ネットワーク"と呼んでいる。名前の通り、ろくに連絡も寄越さない幼馴染の近状を、確認するのに一役買っていて有難い限りだ。
 そんな感じで、マツバ家とミナキ家とそれから我が家は長年親ぐるみで仲が良い。野菜のお裾分けから冠婚葬祭まで、彼らの実家とはそれなりに濃い御付き合いをさせてもらっている。
 まあ、直近のおめでたいことと言えば随分前に年の離れた兄が結婚した事くらいだけど。それももう七、八年ほど前のことで、今ではほとんどが法要の要件ばかり。
 次に冠婚の機会があるとすれば、私たち三人の中の誰かにそういう相手ができた時だろう。まあ彼らとそういう話なんてしないから、ミナキの居場所と同じく母経由で急に知ることになるんだろう事は容易に想像ができた。
 イッシュに居るらしいミナキへ一言、スイクンは見つかった?とメールを送ってやる。返事が返って来るとは思えないが、――まあそれでもいいかな。送信画面も確認せずにその日はそのまま眠りについた。
 そんな私が、見知らぬ番号からのショートメールに全身を震え上がらせる羽目になったのは、この日から丁度二週間後の事だった。
 

 *


「で……?」
「メールに進化した……」
「進化したってなぁ、ポケモンじゃあるまいし」

 エンジュの老舗和菓子屋、鳳凰堂の最中。それから実家で作っている新茶を持参して、私はマツバに会いに来た。
 先日囲んだ広めのテーブルを中央に挟んで、私の向かいにマツバ。今回もタイミング良く帰ってきたミナキを右側へ交え、中央に置いた私のポケギアを全員が睨むように見つめている。

「何ともないと言っていなかったか?」
「本当にずっと何とも無かったんだって!非通知の電話は着拒したし……」

 今朝起きて、目覚まし代わりにしているポケギアのアラームを止めたところで一通のメールに気が付いた。
 あの時ちゃんと差出人を見ておけば良かったのだけど、寝起きの頭はそんな事一秒だって考えることは無く……。なんならミナキがようやく返事をしてきたのかな、なんてぼんやり考えてなんの何の気なしに開けてしまったのだ。
 届いていたのは『ミツケタ』なんていう、かなり気味の悪い四文字だけが打ち込まれたショートメール。たった四文字、されど四文字。
 こんなものを朝イチで見た後に、気合いで出勤し一日乗り切った自分の事をめちゃくちゃに褒めてあげたい。
 そのくらい怖かったし、正直朝から叫んでしまった。近くで寝ていたマニューラが何事だと飛び起きるくらいには大きな声で。
 素人目からしても流石に不味いと感じ、仕事終わりのその足で普段は買わない手土産を用意した後、私はマツバ家のインターホンを鳴らした。
 すると出迎えたのは何故かミナキで、エプロン姿のまま玄関を開けてくれた。家主でも無いのに夕飯でも食べていくといい!なんて言いながら。
 前回同様三人で食卓を囲み、食後のデザートに最中を摘みながらマツバがポケギアに手を伸ばす。
 
「確かにこれはちょっと困ったね。落ち着いているのかと思っていたけど、少し不味いかも」

 本当はもう何も聞きたくないんだけど……。
 苦い表情を浮かべるマツバに、何がどう不味いのだと仕方なく続きを促す。

「ヤイト、本当に何も心当たり無いのかい?」
「あの偽マツバの話以外にって事でしょう?無いと思うんだけど……」

 うーんと唸るように頭を抱えていると、ミナキが助け舟を出してくれた。
 
「例えば……。あり得るとしたら、マツバはどんなことが原因だと思うんだ?」
「そうだなぁ。何か人の死に立ち会った、とか?」
「ヤイト、お前の職場で何か事故とか無かったのか?」
「そんなものあったら今頃とんでもないニュースになってるよ……!あっ、でも……えっ?事故?」

 ミナキの事故というワードから、ひとつだけ心当たりに辿り着く。
 半年くらい前のことだったか。運行する旅船に乗るはずだった一人の男性が時間になっても乗船しなかった事があった。
 数回連絡はしたものの結局繋がることはなく、連絡の無いドタキャンというのは別に珍しくもなかったので結局そのままキャンセル扱いで処理をしたのだが。
 ――その方が予約の当日に不慮の事故で亡くなってた事が分かった。半月後の事だ。

「あるじゃないか、そういう話」
「あった……無くてよかったのに」
「まあそう頭を抱え込むな。とりあえず茶を飲め。顔が真っ青だぜ」

 ほら、と勧められるままに湯呑みを傾ける。飲みなれた緑茶の味に少しだけ落ち着き、ついでに一口最中を齧った。
 ここの餡子は、程よく後を引く甘さが好みで個人的に贔屓にしている。なによりうちの緑茶ととても相性がいいのだ。

「まあ、関係無いかもしれないけどちょっと調べてみるよ。君、今晩は実家に泊まるんだろう?僕のゲンガー連れて行っていいよ」
「ゲンガーごめんね、頼むよ私の事」
「……ゲン」

 情けない声で頼りにしてるよとふくよかで冷たい体に縋りつけば、若干引き気味に返事を返してくれた。

「私もゴーストポケモン連れてた方がいいかなあ?」

 実は、こうしてマツバのところの子が派遣されてくるのは今日が初めてでは無いのだ。私が何かその手のトラブルに見舞われる度に、一晩駆り出されるなんて事がちょこちょこある。

「連れていくのは構わないけど、その方がヤイトも安心かもね」

 育てるなら手を貸すよとマツバ。
 私の手持ちは氷タイプが中心だから、ゴーストポケモンはからっきし専門外だ。エキスパートが身近にいるのは有難い限りだった。
 そんな話を聞いていたミナキが、思い出したようにちょっと待っていてくれと二階の客間へ引っ込んで行った。しばらくすると何やらタマゴを抱え戻ってきて、本当はマツバに預けていくつもりだったんだがな、と口を開いた。

「この前育て屋にゴーストを預けていて見つかったんだ。ヤイト、このタマゴ育ててみないか?」
「えっ、いいの?」
「勿論だぜ!ふたつ見つかったから、ひとつはマツバの手を借りて里親を探すつもりだったんだ」

 そういう事ならと有難く引き取らせてもらう事にした。きっかけは私の身の安全の為でもあるが、久々の新しいポケモンとの出会いは素直に楽しみだった。
 ミナキからタマゴを受け取り、そっと撫でる。私のマニューラも実は兄から譲ってもらったタマゴから生まれた子だった。孵化した時のあの瞬間はずっと忘れないだろう。
 私だと思ってしっかり育ててくれよ、なんてミナキの軽口が弾む。そんな幼馴染にありがとねとお礼を言って、もう一度ゆっくりタマゴを撫でた。