01
今日の夕飯は何にしよう。そんなことを考えながら職場を出た直後、タイミングを見計らったかのようにポケギアが鳴り響いた。
電話の相手を確認すると、小さな液晶にはミトウロクの五文字が表示されている。最新のものは未登録でも番号を表示してくれると聞くが、私のポケギアは少し型が古い。登録の無い番号の着信は全てこの表記になってしまうので、周りからは早く買い換えたらいいのになんてよく言われている。
かといって、番号の交換をしていない相手からの着信なんて稀なので特には困っていなかった。今回も、イレギュラーな着信を不審に思いつつも応答する。声の主はあぁ僕だけど、と聞き覚えがあるような無いような声で第一声を発した。心の隅で誰だっただろうかと思い悩み返答に困っていると、相手はそれを察したのか、そっかごめんと一言謝り再度口を開いた。
「ポケギアが壊れちゃってさ。公衆電話からかけていているんだ」
「あっもしかしてマツバ?登録してない番号だったから誰かと思っちゃった……」
話口調から電話の相手はエンジュに住む幼馴染だと分かったところで、一体どうしたのだと続きを促す。彼はもう一度謝罪の言葉を挟んだ後に今夜の予定を尋ねてきた。
「ヤイト、今夜暇かい?」
「今からスーパー寄って帰るところだけど……なんで?」
「タンバに用事があってこっちに来ているから、一緒に食事でもどうかなと思って」
「へぇ?こっちの方にくるなんて珍しい。いいね、そうしようか」
どこどこに何時集合で。そんな感じでやり取りを終え、それじゃあ後でねと通話を終えた。
私の職場はアサギシティの港にあるから、タンバからなら二十分くらいだろうか。少し早めに灯台で待っていようかとマップを確認していた所へ、再びポケギアが鳴り響く。
一日に、それもこんな夕方の時間に二度も着信があることなんて珍しい事もあるものだ。誰だろうと不思議に思い液晶を確認すると、今度はもうひとりの幼馴染の名前が表示されていた。
「ようヤイト!今いいか?」
「ミナキ久しぶりだね。どうかした?」
「久しぶりに帰ってきたんだ。マツバと三人で夕飯でもどうだろうかと思ってな」
「えっ?」
私の返事を不審に思ったのか、電話の先からどうかしたのか?と聞こえてくる。今日は本当に珍しいなと思いながらも、先程マツバと似たやり取りをしたばかりだと理由を話す。
「なんだ、アイツからも連絡が行っていたのか。なら話は早いな!今アサギに向かっているから合流しよう」
「うん、そうしようか。マツバも二十分くらいで来るみたいだし」
断る理由も無く二つ返事で承諾する。すると次はミナキの方が、何を言っているんだ?と困惑の声色を返してきた。その疑問の意味が分からず何が?と質問に質問を重ねる。
「何がってお前……、マツバの家でたこ焼きをやるんだが」
「……えっ?」
何か勘違いをしてないか?とミナキ。彼が言うには、私と落ち合いその足でお使いを済ませてこいとマツバから言われているそう。けれど、こちらも確かにマツバとアサギで落ち合う約束をしているのだ。それもつい先程。
この辺りで流石の私も異変に気付く。何か良くないことが起こりかけているような、そんな異変。それは電話の相手も同じようで、ミナキまで黙り込んでしまった。
「ヤイト、そいつは本当にマツバだったのか?」
「どういうこと……?」
先に沈黙を破ったのは向こうだった。私は先程マツバの家に居たが、間違いなくアイツは家にいるぞ。そう言い聞かせるように話すミナキに、変なこと言わないでと返す。そして再び訪れる沈黙。
私もミナキも霊感なんてものはお互いにない側の人間だが、ひとつだけ分かる。今現在進行形であの電話の相手がこちらに向かってきている事。それだけは確かだった。
「どうしようミナキ」
「何がだ」
「私マツバ?と灯台で待ち合わせしちゃった……」
「……。もう着くからとにかくそこで待っていろ。いいな?」
「わー!待ってお願い切らないで!」
急激に体が冷えたのは単純に日が落ちたからなのか。はたまた、この意味のわからない状況を認識してしまったからなのか。
そんな事はもうどうでも良くなっていた私が、頼むから可能な限り早く来てくれと二人目の幼馴染へ泣きつく羽目になったのは言うまでもないだろう。
*
「うわ……。なんか面倒な事になってるな」
なだれ込むようにして玄関を跨いだ私とミナキを見て、マツバは開口一番そう言った。ちょっと嫌そうな顔で。
あれからマッハで飛んできてくれたミナキに拾われ再びマッハでアサギを離れた私たちは、真っ青になりながら手早く買い物を済ませマツバの屋敷へと無事たどり着いた。
そんな私たちを見たマツバは、すぐ何かを察したように先程の言葉を口から漏らしていた。こういう時、彼の霊感のようなものは本当に強いんだななんて感心してしまう。
なんとなくマツバの家は安全地帯だというイメージがあるから、この家の敷居を跨ぐまでは正直気が気じゃなかった。それはミナキも同じようで、靴も脱がずにとりあえず安心だなと深く息をついている。
「マツバぁ~!どうしよう助けて死ぬかも」
「何言ってるんだい……。まあ、とりあえず上がりなよ。僕もうお腹すいちゃった」
私の胸の内など知ったことかと言いたげに、袋を寄越せとマツバの手が伸びてきた。買ってきたものをその手に渡し家の中に上がり込む。手洗ったら居間においでと洗面所を指さしながら、彼は台所の方へと消えていった。
言われるがままに洗面所を経由して居間へ移動すると、ローテーブルが二組と座布団が三つ、それから電気式のたこ焼き器がコンセントに繋がっている。その周りではゴーストポケモン達がお箸を並べたりとお手伝いに精を出しており、既に大方の準備は整っているようだった。
なんでたこ焼きなのかとミナキに聞くと、なんでも、マツバがジムのイタコさんに立派な蛸をもらってきたのだとか。そうなんだなんて話をしていたら、その噂の蛸を持ってマツバも戻ってきた。
「ミナキくんって本当にタイミングよく帰ってくるよね」
「そうか?たまたまだろう」
「ひとりじゃ持て余していただろうしいいんだけど。じゃあ、早速始めようか」
そう言ったマツバの言葉を合図に、それぞれテーブルを囲むように腰を下ろす。マツバを向かいにして、左から私とミナキの順番。相談した訳でもないが、このメンツで食卓を囲む際は決まってこの並びになるのが幼馴染らしいところだろうか。
温めていたたこ焼き器へとマツバが生地を流し込む。そこへ私がキャベツと蛸、ミナキが紅しょうがや天かすを手際よく散らしていく。しばらく待てば、生地の焼けるいい匂いが部屋中に広がっていった。
「で?一体何をしたんだい?」
器用にたこ焼きを丸くしながら、マツバが怪訝な顔を私に向けていた。隣のミナキも、これはマツバの管轄だろうから話してやれなんて言って私を肘でつつく。せっかく忘れていた例の件を引っ張り出され、背筋に寒気が戻ってくるのを感じながらも口を開いた。
「マツバさあ……実はポケギア壊れてたり調子悪かったりする?」
「ポケギア?しないけど」
「やっぱり~~じゃああれ誰なの?!」
「何があったんだい」
中々切り出さない私に痺れを切らしたミナキが事の顛末を話し出す。
「私がヤイトに連絡する直前に、マツバが公衆電話から連絡してきたらしいんだ」
「僕が?そんな事してないよ」
ダメ押しと言わんばかりにマツバにそれを否定され、再び私の顔は真っ青になる。それ本当に僕だったの?なんて、先程ミナキにも言われた言葉が本人から飛んできたのもトドメだった。
「けど、私の名前知ってたし、口調がマツバだったからてっきり……」
「てっきり?」
「えーと、ああマツバかぁ、って」
「……言ったのかい」
言葉に詰まる私を見て、どうやら言ったようだなとミナキが苦笑いする。
電話から聞こえる声は相手の声を真似て作ったデジタル音声だ、みたいな話を聞いた事がある。知人に似た口調と声色で自分の名前を呼ばれれば、うっかり信じてしまうのも分かって欲しい。
「イタズラだったりしないかなぁ?」
「ヤイトには気の毒だけど……」
お皿にたこ焼きを移しながらマツバがゆっくりと口を開く。
「多分、想像している通りじゃないかな。君たちがここへ来た時に嫌な感じがしてたから、相手が人では無い事は確かだろうね」
「ひ、人じゃない……」
「軒先で見た時から分かってたのか?流石だなぁ」
呑気に感心している場合では無いのだけどとミナキを小突けば、八つ当たりはよせと小突き返してきた。
全ての玉を攫い終え、マツバがソースとお出汁は各々で好きにしてとそのままのたこ焼きを机の真ん中へと置いた。その中から半分程をポケモン用にと分け、待ってました!と言わんばかりに待ち構えていたゲンガーへと手渡してやる。
既に始められていた第二弾へ具材を散らした後、三人揃って手を合わせ、再び話はマツバじゃない何かの件へと戻っていった。
「それって放っておいていいやつなのか?」
「うーん……大丈夫じゃない?嫌な感じはするけど今すぐどうこうって感じもしないよ。ヤイト、ポケギア見せてくれる?」
「あっ、うん」
ぬ、っと目の前に突き出された手のひらへ腕のポケギアを置いてやる。彼は少し調べて、うんやっぱり平気だよと再び頷いた。
「それにしても……それ一体いつから使ってるんだ?マップと時計と電話しか使えない現役のポケギアなんて久しぶりに見たぜ」
「ミナキくんの言う通りだよ」
いい機会だし新機種に変えたら?とマツバ。最近のは未登録でもちゃんと番号が表示されるし、公衆電話か非通知なのかも表示されるぜとミナキが続く。
「そうしようかなあ」
「ヤイトは明日仕事かい?」
「うん。午後から」
「なら二人とも今日はこのまま泊まっていくといいよ。流石に、このまま帰って家に一人ってのもかわいそうだしね」
「あ、なら出勤前に機種変しに行くか?早い方がいいだろう」
すっかり意気消沈してしまった私を見兼ねたのか、マツバとミナキがそう心配するなと励ましてくれた。ミナキなんて、明日は機種変ついでにアサギまで送ってくれるという。何だかんだでこの幼馴染達は優しいのだ。
流石に今日家に一人きりというのは一睡も出来そうに無かったので、私としても有り難い提案だった。この家に居ればとりあえずは大丈夫だろう。
お世話になりますと私が頭を下げた所で、このマツバじゃない何か談議はようやく幕を降ろすのだった。