ラミウム咲く髑髏

 最初こそ、六道骸はなまえ・みょうじに無関心であった。
 少なくとも沢田綱吉はそう認識していた。
 ここはボンゴレアジア支部。並盛町の地中深くに人知れず存在する、十代目ファミリー管轄の地下アジトである。
 そんな地下アジトの会議室で慌ただしく作業をする女。そしてそれを手伝うでもなくただ眺めるだけの長髪の男。さらにそんな二人を作業を手伝いながら遠巻きに観察する男がひとり。

「骸、見てるだけなら手伝えよ」
「何故僕が。会議に出てやるだけでも感謝して欲しいものです」
「ボスこそ、たまにはトップらしく座っていてくださってもよろしいかと」
「彼女の言う通りですよ。マフィアのボスが雑用など」
「もーお前はまたそういうことを……。なまえ、俺が好きでやってることだから気にしないでいいの。どうせ暇なんだから」

 暇なわけがないだろう、と頭に手を添えながら骸は深いため息を吐き出した。
 大事な会議だから絶対に出席しろと声をかけてきた男は、今目の前で下っ端の小間使いのような仕事をしている。マフィア嫌いで有名な骸が不本意ながらも雇用関係を結び、有事の際には多少の協力関係にあるあのドン・ボンゴレが。そんな状況を目の前にして、骸は眉を顰めずにはいられなかった。

「六道様、隣に控室がございますよ。よろしければ準備が整うまでぜひそちらへ」

 なまえは慣れたように骸へと隣室を勧める。ついでにボスも連れて行ってくれと続けるが、そちらの方が数倍も嫌だと言いたげに骸の眉間が更に険しくなった。

「あら、お気に召しませんでしたか」
「骸なんかそこら辺立たせとけばいいよ」

 どうせ俺と別室で待機するのが嫌なだけだから、そんな奴は放っておけ。綱吉は呆れるように愚痴を溢しつつも、てきぱきと書類を捌いていく。――本当に素直じゃないなあ。内心ではそうも思いながら。
 最初こそ無関心でいた骸が、いつからかなまえを目で追うようになった。話をする様子も明らかに他の隊員へ向ける態度とは異なるものだ。
 綱吉がそれに気付いたのはもう随分も前の事だった。
 どこまでの事を骸が考えているのかは量りかねているが、あの眼差しに少なからず好感が含まれていることだけはなんとなく察している。
 野暮なことを詮索する趣味は毛頭ないが、あの骸がねえ。自分の霧の守護者がどんな生い立ちでどんな人間なのか、綱吉はそれを身をもって知っていた。
 だからこそだろうか。彼がなまえを目で追う度に、綱吉は胸の内で浮足立つような気分にさせられていた。嬉しいような歯がゆいような、そんなむず痒い気持ち。
 会議の準備も整い、綱吉はなまえへ持ち場に戻るように言い伝えた。それではと部屋を出ていく後姿へ、ついでに他の守護者を見かけたら会議室へ早めに来るよう伝えてくれと一言付け加える。ボス直々のお使いに、彼女はお任せくださいと笑顔で一礼し会議室を後にした。
 骸は終始気難しい顔で壁に寄りかかっているだけだった。そんな様子を見ていた綱吉が、耐え切れずといったように口を開く。
 
「骸さあ……。お前、もうちょっと愛想良くしたらいいのに」
「何を言い出すかと思えば」
「もったいないなあと思ってさ」

 顔はいいんだから、なんて綱吉は思う。だけど不満を滲ませ始めた骸の返事に、綱吉は大人しく口を閉じるのだった。
 

 *


 みょうじなまえ。ボンゴレファミリーの末端の非戦闘員。一年ほど前からよく、ボンゴレ十代目の執務室へ出入りしている。
 末端どころか自分の直属の部下の名前すらも覚えたことのない六道骸が、なぜ彼女の名前を記憶しているのか。尤も、彼の直属の部下はみなクロームの部下と言ってもいいくらいには接点など無いのだが。
 何千といるボンゴレの人間の中から彼女の名前を記憶しあまつさえ目で追うようになってしまったことに、骸は心当たりがあった。
 骸が彼女を初めて見たのは、任務を終え報告書を出しに綱吉の執務室へ足を運んだ時の事だった。
 その日綱吉は少し席を外していて、その代わりに部屋の中から返事をしたのがなまえであった。いつもの面倒な雑談に付き合わされる前にさっさとこの部屋を後にしよう。主のいない部屋を見て、骸はそう思った。
 だが、彼女は綱吉が戻るまでこの部屋で待っていてくれと言い始めたのだ。客人を強引にソファへ座らせあろうことかお茶まで淹れだす始末に、何が目的だと骸は声を荒げた。

「お茶をする気などありませんよ」
「申し訳ございません。ですが、ボスから六道様がいらっしゃったらそのまま足止め……、いえ、お待ち頂くよう仰せつかっております。ですので、ボスがお戻りになる少しの間お待ち頂けませんか?」

 綱吉は任務終わりの守護者とは必ず少し会話をしてから自室へ帰す習慣を付けている。
 ボスとして密にコミュニケーションを取りたいが故の結果なのか、ただ単に気兼ねなく話せる数少ない人間との会話を個人的に楽しんでいるのか。どちらにしても骸からしたらそんなことはどうでもよくて、面倒くさい事この上なかった。
 どうせ今日もくだらない話を聞かせるつもりなのだろう。そんなに自分と話がしたいならお得意の超直感でも使って、タイミングよくそちらの方が待機していろ。そう思っているくらいだ。

「冗談じゃない。僕は帰りますよ」
「それは困ります。ボスになんて言ったら良いのか」
「そんなもの、事実をそのままあの男に伝えたらいい」
「あっ、ちょっと待ってください六道様」
 
 あの手この手で自分を引き留めようとしているなまえに、綱吉の相手をするよりも面倒くさいことになってしまったと骸の口からため息が吐いて出た。
 こんな娘一人自分が撒けないと思っているのか。いやあの男のことだ。曲がりなりにも骸はボンゴレの幹部であるし、そんな男を引き留めておけだなんて荷の重すぎる大役をただの部下に任せて離席するとも考えにくい。
 この部屋の主が何を考えているのか分からないが、自分に委縮しないどころか真っ直ぐ視線を逸らさない名前を前に、ボンゴレめと骸は内心で悪態をついた。
 騒ぎ立てるのも面倒くさくなり、待つこと五分。戻って来た綱吉による「あっすごい。居たんだ」なんていう発言により、彼の顔の横を三叉槍が通り抜けたのは言うまでもないだろう。その時に付いたドアの傷は今だ修復されていない。
 それからというものの、骸が任務の報告に綱吉の元を訪ねるも彼女が留守を預かっていることが増えた。彼女はあの日と同じようにお茶を淹れ、少しお待ちくださいと骸を引き留めた。
 そんな事が半年も続けば流石の骸も名前と顔を覚えるというもので、アジトの中を歩いていれば自然と目につくようになる。それはなまえも同じ様で、骸を見かければ会釈をするようになり、次第に声をかけてくるようにもなった。
 その頃には無碍にするようなこともなくなっていて、一言二言くらいの受け答えくらいはしてもいいかと骸は考えるようになっていた。
 彼の方から声をかけるなんて事は、当然あり得ないことだったが。

「あら六道様、お久しぶりですね」
「……今日もですか。君の主はなにがしたいんです」
「ふふ、申し訳ございません。もう少しで戻られると思いますよ」

 いつものようにそう言って、なまえは骸の前へティーカップを置いた。

「本日はパイナップルのフルーツティーです」

 ゆらりと立ち上がる湯気が仄かな香りを運んでくる。パイナップルの単語にほんの僅かに反応を示した骸へ、ドライフルーツを入れても美味しいんですとなまえは続ける。
 骸は返事を返したつもりがなかったが、それを皮切りになまえは一人で話し出す。どのフルーツが美味しいだとか、いつものアールグレイにいれても美味しいだとか。
 綱吉も口がよく回る男だが、彼女もそれに劣らないくらい一人でよく喋る。骸としては聞かなくてはいけない雑談の量が二倍に増えたことを煩わしく思うこともあったが、それでも彼女は当たり障りのないことを骸によく話した。
 
「あ、骸おかえり。どうだった?」
「どうもこうもありませんよ。そろそろそちらがタイミングを合わせたらどうなんですか」
「だけどお前、律儀に待ってるじゃん」

 骸は常々思うだけにしていた雇い主への苦情をついに吐き出した。たが、残念ながら沢田が返したのは、肯定でも謝罪でもなく彼の神経を逆撫でするような戯言だった。
 
「なまえと話すの嫌いじゃないだろ?」
「馬鹿馬鹿しい」
「あら。でも私は楽しいですよ?六道様」

 なまえは不機嫌そうに凄む骸なんて全く気にする事なく、静かににこりと笑って見せた。
 ――ああ、忌々しい。なんて思っているのだろうか。はやく認めてしまえばいいものを。
 いっそう眉の皺を濃くしている骸の心情をもう少し引っ掻き回したい気持ちを押さえ、沢田はひとり報告書に目を通すのだった。