幻の君
実は、今パシオに居るんだがな。
そんな書き出しの手紙をミナキから受け取った。
普段はポケギアへ連絡してくるのに、手紙だなんて珍しい。日々の習慣になっている郵便物のチェックも、チラシ以外のものが入っている日なんてほとんど無いものだから危うくスルーしそうになってしまったのがつい先程の事。
不思議に思いながらも封を開けると、おそらく現地で用意したらしい水色でリゾートチックな便箋が一枚。綺麗に畳まれたそれを広げれば、彼の意外と達筆な文字で冒頭の一言がいきなり綴れていていた。
「パシオ……ってどこ?」
読み進める前に気になってしまい、手元のポケギアで『パシオ どこ』と打ち込み検索をかけた。
地理に詳しくない私には結局どの辺にあるかも分からなかったが、なんでもトレーナー向けに作られた人口島らしい。いくつか出てきた写真はどの景色も凄く綺麗で、言われなければ人口島だなんて気付かないくらいだなと見入ってしまったくらい。
なんでまたそんな所に……と一瞬考えかけたが、どうせ今回も例の三犬伝説のうちの一匹を追いかけての事だろうと一人で納得した。彼の行動力は全てスイクンあってのものだなんて、今に始まった事じゃない。
ミナキがスイクンを捕まえると言い出して、もうかれこれ十年は経つんじゃなかったか。いやそれ以上かもしれない。以前会った時も、これまでの経験則で先回り出来るようになったんだとかなんとか言っていたか。スイクンの話になると途端に生き生きする幼馴染の顔が頭の片隅へと浮かんだ。
元々、スイクンについてひとつ尋ねればその十倍にして返してくるような男だったけど、最近では聞いてもないのに勝手に二十くらい語るようになってきたようにも感じる。
また始まったと呆れることはあるものの、スイクンの話をするミナキの事は別に嫌いじゃなかった。綺麗なターコイズブルーがきらきらと輝くあの顔をみていると、自然とこちらまで楽しい気分になってしまうから。
少し脱線してしまったが、ソファへと腰を落ち着かせ先程の続きを目で追いかける。
この島はとても水が綺麗で、ご飯も美味しくて、強いトレーナーが沢山いるとの事。そこでつい最近までそれなりに大きな大会が行われていたんだそうだ。
そういえば、とふと思い出す。もう一人の幼馴染も一ヶ月ほどジムを閉めると言っていたような。あまり詳しく聞いたわけじゃないけど、きっとこれの為だったんだろう。
そんな予想なんて当然見抜いていたかのように、ミナキの手紙にもしっかりとマツバと会った事が書かれていた。早速答え合わせが出来たことが可笑しくて少しだけ口元が緩んでしまう。
なるほど。この様子だと、幼馴染三人の中で私ひとりジョウトに取り残されているわけだ。なんだか置いていかれたようで少し面白くない。
別に腕の立つトレーナーという訳でもないし、そもそも仕事があるから行けるわけもないのだけど。お土産のひとつやふたつ、催促くらいしても許されるんじゃないか。
他にも、見たことも無い他の地方のポケモンのこと。馴染みのトレーナーを何人か見かけたこと。そんな旅行の感想のような当たり障りのない内容が幾つか続き、手紙は終盤に差し掛かる。
パシオでの用が済んだのと私に話したいことが出来たとの事で、ミナキは一足先に帰ってくるそうだ。一週間程でジョウトに着くので土産話はまた改めて。ついでに少しの間置いてくれという遠慮の無いお願いが添えられて、この手紙は締めくくられていた。
「いや、一体いつ来る気なのよ……」
普段マツバの家を宿にすることが多いミナキだが、残念ながらその家主はまだ例の人工島にいる。そこで、近所に住む私の家へと白羽の矢が立ってしまったというわけだ。
エンジュジムリーダーの屋敷なら急な客人なんて何ともないだろう。だけど我が家は1Kの小さな賃貸。来るなら来るで、こちらにも客人を迎える準備というものがあるのだけど。
便箋と同じカラーリングの封筒を見ると、消印は丁度先週。……ということはもうこちらに着く頃か。少なくとも、もうミナキはパシオとやらを後にしているだろう。お土産はマツバに頼む方が良さそうだ。
ミナキの簡潔なパシオ旅行記を封筒に戻そうとすると、封筒の中で何か固いものに引っかかった。中を覗けばまだもう一枚の便箋、いや厚紙だろうか?同封されているものがあるようだ。
「えっ……!うそ!えっ?!」
ゆっくりと引き出してみれば、それはミナキとマツバのツーショットだった。これ以上ないってくらい嬉しそうに目を細める彼らの隣には、水色と金色の美しいポケモンがそれぞれ一匹ずつ。
私が話に聞いていた二匹とは少し色が異なるようだが、正真正銘、これは彼らが長年追いかけ続けてきた夢そのものだ。
予想なんて全くしていなかったサプライズに、流石の私も目の奥が熱くなるのを感じた。幼馴染たちは遠い異国の地でやっと夢を叶えたらしい。言葉にならないとは、きっとこういうことなんだろう。
ミナキに会ったらまずはなんて声をかけようか。聞きたいことも沢山あるが、あのターコイズの瞳は何を聞いてもきっと嬉しそうに答えてくれる気がする。
会うのが俄然楽しみになってきたな。来る日が決まったら早めに連絡してねとショートメッセージを送信し、そのままベットへと身を投げた。
***
「ほんっといつもいつも、急すぎなのよ……!」
「ははは、悪いな」
休日の朝にリリリと突然鳴り響いた着信音。相手はもちろんミナキからで、この男は挨拶もそこそこにもうすぐエンジュに着くぜ!なんて言ってのけた。ポケギア越しでも十分デカい溌剌とした声が耳を通り抜け、寝起きの私は分かったよと絞り出すのがやっとだった。朝から頭を抱える羽目になったのは言うまでもない。
電話越しにどうせ朝食もまだだろうと言い当てられてしまい、結局朝から近所の喫茶店に呼び出され、先程のお小声に繋がるわけだ。
確かに日程が決まったら連絡しろと一言送り付けたのは私。でもそれは、来るなら数日前に連絡してねというお願いのつもりだったんだけど。ミナキの突然の訪問は今に始まったことではないし会うのは勿論楽しみだったが、それとこれとは話が別である。
もっと早く連絡してよと小言を追加してやるが、パシオに着いたタイミングでポケギアの充電器を壊してしまってなあなんてミナキは呑気に笑っている。
ああ、だから手紙だったの。昨夜届いた郵便物の理由に納得せざるを得ないのは少し悔しいが、あっけらかんと言ってのけた彼の様子にそれ以上何か言う気も無くなってしまった。
「ここは私の奢りだ。それで勘弁してくれ」
来たばかりのアイスコーヒーに口をつけ、じとりと無言の視線を投げる。マツバと違ってそう簡単には折れてやんないからと念を込めて。そんな全身から出る不満のオーラを感じ取ったのか、居候中の夕飯もとミナキは付け足した。
「あれ食べたい。オムライス」
ミナキは意外と料理の腕が立つ。スイクン絡みでこれまでも色々な所に泊まり込んでいたようで、お世話になる代わりに炊事を引き受けることも多いのだとか。旅先で色んな郷土料理を覚えて帰ってきては、マツバの家で見た事もないような料理を食べる会が定期開催されている。
半熟がいいと笑えばお易い御用だとミナキも笑う。とりあえず交渉成立、ということにしておいてやろうと思う。
「まあ冗談は置いといてさ。写真見たよ!おめでとミナキ!」
「ああ、ありがとうなまえ!」
「念願だったもんね。しかも二人とも夢叶えてるんだもの……びっくりしたんだから」
「あれはマツバの提案なんだぜ?なまえをびっくりさせてやろう!なんてな……、どうやらアイツの思い通りになったみたいだが」
普段はゲンガーたちの悪戯を窘める側のマツバだが、彼も意外と人を驚かすのが好きだ。お得意のホラー要素満載なのから、ちょっとしたお遊びめいたものまで、そのレパートリーは幅広い。
昔から大人しそうな顔をして急にぶっ飛んだことを言い出すのだが、彼の日頃の行いが良いからか、はたまた余所行きの顔が良すぎるせいか。クールぶっているエンジュのジムリーダーの性格が、実は茶目っ気たっぷりで人の驚いた顔が大好きだ。なんていう話、私とミナキの間くらいでしか共感が得られないのが悔しいところである。
成功した報告をしなくちゃなとクスクスとミナキが肩を揺らしているが、あれでびっくりしない人間はいないと思う。こういう嬉しいサプライズなら幾らでも仕掛けてもらって構わないのにと、苦笑い気味にミナキに愚痴る。するとこれには彼も心当たりがあるらしく、全くだぜと呆れ気味に頷いていた。
「またマツバが帰ってきたら改めてお祝いさせてよ。みんなでパーティしよう」
「名案だ!月末には帰ると言っていたし、また予定を立てようぜ」
「だね!あとで連絡入れとく」
そんな感じで月末の予定が立ったところで、これから先はどうするつもりなのかと質問を投げる。
長年追い続けていた夢を叶えたとはいえ、それまでの長い旅路すら余すことなく自分の糧へと変えてきた彼のことだ。大人しく地元のタマムシに定住するとも思えなかった。
「少しばかり遠出の頻度は落とすが、各地方の伝説研究は続けるつもりさ。……あとはそうだな。目標、という程のものでもないが、」
口元で手を組み少し考える素振りを見せる。それからすぐ、こちらの様子を伺うように目を細めてミナキはこう続けた。
「他にも好いている奴がいるんだ。スイクン同様密かに追いかけているんだが、ほら……私はそう器用な方ではないだろう。スイクンの研究に熱中してばかりでなかなか振り向いてもらえなくてな」
「へえ、驚いた!ミナキ、スイクン以外にも欲しいポケモンがいたんだ?」
そんな話一度も聞いたことがない。寝耳に水のような幼馴染の発言に、次はどんな伝説のポケモンなんだと思わず前のめりになってしまう。
「いや、伝説ではないな」
「?まさか幻のポケモン?」
「幻か!正直ちょっとそそられはするが……、それも違うぜ。エンジュに来れば会えるからな」
ついでにポケモンでもないぞとミナキが笑う。
ポケモンではない?その一言で私の予想は振り出しに戻された。普通にエンジュにいて、だけどスイクンレベルでミナキの手を焼かせる程の何か。生憎、そんなものに心当たりは無い。
この幼馴染は一体何を追いかけようとしているんだろう。教えてよと詰め寄るも、そのうちになとはぐらかす様にミナキは腰を上げた。
「ほら、今日はオムライスにするんだろう?買い物へ行こうか」
「あ、ちょっと!待って」
教える気があるのか無いのか。そんな口ぶりで伝票を手にさっさと歩いて行ってしまうミナキ。その背中を慌てて呼び止めると、早く来いと楽しそうなターコイズの瞳が振り向いた。