牙城への招待
「相変わらず凄いね」
「アイドルみたいだよなぁ」
各種うちわと黒いペンライトで溢れた人混みへと視線を向ける。時々飛んでくる黄色い声援には目もくれず、他人事みたいにトウヤはぼやき、結局手を一振もすること無く事務所の中へと入ってしまった。ここに居る全員が彼の為に集まっているというのに……。塩対応すぎる彼の態度を気の毒に感じつつもその後を追う。
イッシュの英雄なんて呼ばれていた彼は、昔からこの地方ではちょっとした有名人だった。プラズマ団によるイッシュ全域を巻き込むテロ事件。それを解決し、この俺が伝説の竜に見初めらてから八年くらい経つだろうか。
あの頃からファンクラブみたいなものはあった。だけど事件が一区切りしてからすぐ、彼はイッシュを旅立ち昨年まで帰って来ることはなかったので、それを知る人はそう多くはないのだろう。
そんなトウヤが突然次期チャンピオンへ名乗りを上げて、あっという間にチャンピオンへと就任してから三ヶ月が経つ。元々そういう話だったのを無理を言って先延ばしにしていたらしい。
リーグの前に人集りが出来るようになったのも、ちょうどその頃。『英雄帰還!祝チャンピオン就任!』なんて見出しでワイドショーの特集を組まれてから、彼はあっという間に大人気になってしまった。
そう、まるでアイドル。元々整った顔立ちだったし、人気になるのも頷けた。普段は温厚そうな表情なのにバトルになると途端に顔付きが変わるのも、所謂ギャップ萌えなんだろう。
「うちわのレパートリー凄いね。指ハートして〜!とか笑って♡とか」
「そういえば、手振ってってのも見かけたな」
「私さっき、べーってして!うちわ見かけて笑っちゃった」
「なんだそれ」
本人は絶対やらんなんて言って頭を抱えているが、個人的にはもう少し愛想良くしてもいいのにと思っている。せっかく応援してくれているし、指ハートのハードルは高くてもちょっと手を振るくらいしたら良いのに。
なんなら、あれほど塩対応でリーグの評判に関わらないだろうかなんて思うこともある。別に外からの評判なんて気にする必要は無いんだろうけど、イッシュリーグ協会もそこそこメディア露出が増えているから何かで炎上なんてしようものなら……、あ、考えただけで頭痛くなってきた。
「もっと愛想良くできないの?手くらい振ってあげたらいいのに」
「やんねー。一回やるとどんどんレパートリー増えてくぞ」
うちわを振るジェスチャーをしながらトウヤがキッパリと言い切った。一回答えてあれもこれもと増えていくと困る。だからやらない。とのことで、なるほどねと少しだけ納得してしまう。
まあ本業はリーグチャンピオンだし、引き継ぐ際に色々線引きを決めたのかもしれない。公式の、それも必要最低限しかメディア露出しないのはそういう事なのだろう。彼がイッシュを飛び出した理由の半分は、英雄だと持て囃されたのが気に入らなかったからだというし。
「まあ、でも……」
「?」
「バトルで俺のとこまで来れた奴には考えなくも、ない。かな」
「へえ?勝てたらやってあげるの?」
「ん。勝てたらな~」
今日来たのはこっちだろ?と言って、欲を滲ませた眼でボールをこんこんと叩く。トウヤも四天王の皆さんも、二日前からPT構成や技編成を全部一新したんだそう。企画部所属の一端のリーグスタッフにはバトルをする機会なんてもの無いに等しい。だから今日は非番を使って腕試しに来たというわけなのだが、彼はそんなことすっかりお見通しらしい。
「バレてたか」
「部下のシフト表はこまめに確認してますから」
「何してもらおうかなあ?」
「そう簡単に勝たせてやらないよ」
いくつかの候補を頭に浮かべていると、トウヤは早く来いよー?なんて言い残しさっさと奥へ引っ込んでしまった。これは、気が変わるとはぐらかされる流れかしら。何周目で辿り着けるか分からないが、せめてチャンピオンの気が変わらないうちに突破できますように。リーグの門を抜けながらそう祈るのだった。