もう少し大人になれたら
昔の俺は好きな子に声をかけられただけでうまく話せなくなるほど、それはそれは純真無垢で異性慣れしていない普通の少年だった。
「この話してもだれも信じないの、なんでだと思う?」
「入隊した頃から耳にタコができるほど聞いてますけど私も信じてないです。っていうか、いいから早く仕事してください」
そう言って彼女が指差した書類の山は、俺が外出している間に何やら高さを増したように見える。これが全て無くなるまでこの部屋からは出してもらえないだろう。
こんなに天気がいいのにこの狭い部屋で1日缶詰めだなんてげんなりしてしまう。デスクワーク3日目の今日、なんとかリボーンや守護者たちの目を掻い潜り街へと繰り出したのは1時間前のこと。
すれ違った花屋の娘に声を掛けられ井戸端会議さながら世間話に花を咲かせていたのだが、探しにきた優秀な秘書に見つかり執務室へと強制送還。そして今に至るわけだ。
「本当なら、今頃あの子と楽しくお茶をしていたところだったんだけど」
「それは残念でしたね」
「新しくできたカフェのケーキが美味しいらしいって噂で聞いて、楽しみにしてたんだけどなあ……」
「これ片付いたらカフェでもケーキバイキングでも行って下さって結構ですよ」
一向にやる気を出さない俺に、これでは仕事が進まないと思ったのだろう。私が分けるのでボスはどんどん目を通してサインしてください、と言って山をごっそり攫っていった。
彼女はとても優秀な部下だ。特別抜き出て何かに秀でているわけではないのだが、細かいことによく気が付くし、ひとつひとつの仕事が丁寧なのだ。
彼女がいると痒いところに手が届くし、何より誰に対しても物怖じしないタイプで悪いことはズバッと指摘をする性格は、守護者達からも高評価を得ているようだ。俺の秘書にとリボーンが彼女を寄越してもうすぐ1年になるが、それなりに仲良くやっていると思う。
「手伝ってくれる心優しいお嬢さんが、一緒にお茶も付き合ってくれるなら俄然やる気でそう」
「そんな事言ってるから誰も純真無垢な子供説信じないんですよ」
「えー?けど俺はやる気出るしお前はケーキ食べれて一石二鳥じゃん?」
「別に私じゃなくて、街でもっとかわいい子捕まえてお茶してきたらいいじゃないですか。仕事さえ溜まってなければ私だって何にも言いませんよ?」
「俺はお前もかわいいと思ってるんだけどなあ?」
「……はあ?!」
さっきまで俺には目もくれず、淡々とひたすらに書類を分けていた手が止まる。そしてグルンッと、音が出るんじゃないかくらいの勢いで振り返り、面食らって言葉も出ない様子だった。普段は淡々と仕事をこなす彼女だが、こんな珍しい表情は初めて見る。
「俺は好きだよ、お前のこと」
「からかって面白がってますね!怒りますよ……!」
加虐心をくすぐられ、にこりと笑って少しだけ意地悪をしてみれば、彼女の顔は湯気でも出るんじゃないかってくらいにみるみるうちに赤く染まっていった。
それはまるで茹で上がったタコのようで、俺は笑いをこらえきれず吹き出してしまい、それがまた彼女の表情をふくれっ面へと変えるのだった。
「もう、ほんっと……!そこで笑うとか信じらんないですよボス!」
「はは、ごめんって。けど、そんな顔するの珍しいからいいもん見れたな」
これ以上笑っていると本格的にヘソを曲げてしまいそうだったので一度わざとらしく咳払いをした。むくれている秘書さんにどうするのかと目で訴えれば、彼女は諦めたようにため息をついた。
「分かりましたよ、ご一緒させて頂きます」
「そ?ならよかった!」
そこからは早かった。やっぱり楽しみができると仕事も捗るといいますか。彼女が分けてくれた書類にひたすらサインをしていく。既に目を通した内容が殆どでサインだけで済んだ書類ばかりだった。
内容の確認が必要な書類もある程度要点を掻い摘み説明をしてから渡してくれた為、とてもスムーズに仕事が進んでいき、終わったのはお茶をするには丁度いい3時を過ぎた頃だった。
「助かったよ!お疲れ様、ありがとな」
「ボスもお疲れ様でした」
「じゃ!早速美味しいもの食べに行こうか。丁度いい時間だし着替えておいで」
十五分後に玄関で、と伝えて扉越しに見送ると、彼女と入れ違いで骸が書類を引き取りに来た。
「流石ですね、あの量を短時間でさばくなんて」
「あ!骸、丁度よかった。今からアイツ連れて街に出るから留守にするけど、夕方には戻るから」
リボーンもいないし留守番よろしくなと伝えれば、クフフと笑う骸が書類を抱えていた。
「ほう、デートですか?」
「デートだから邪魔しないでよ?」
「しませんよ興味ないですし。にしても、もっとスマートに誘えないんですか」
「あっ!お前見てたな?!」
「クフフ……まあ僕には関係ないですけどね」
俺が未だに、気になる相手をお茶に誘うのすら冗談交じりでしかままならない事を、にやにやと笑う骸はきっと全部分かっているのだろう。俺はもう一度、邪魔するなよと念を押して部屋を出たのだった。