決死のロマンス

 画面いっぱいに広がる土煙。それを真っ二つへ割るように、青い光弾が飛び出した。
 煌々と輝くその弾は地面スレスレを撫でるみたいに一直線に距離を伸ばしていく。溌剌とした声の実況が、『はどうだん』と言っていたのはきっとこれの事だろう。
 はどうだんが過ぎ去った後は、まるで乱気流が周りの空気を巻き込むようにして煙が晴れていった。その煙の割れ目からカメラが捉えたのは、ルカリオが肩を揺らし全身で息を整える様子。素人目にも体力が残りわずかな事が伺えた。
 ルカリオの放った光弾の直線上には、こちらも傷だらけのユキノオーが待ち構えている。フィールドを踏みしめそれを力強く弾き返す。そして、トレーナーの掛け声とほぼ同時に地面を唸らせた。
 カメラが二匹へ寄る。両者共に満身創痍。もうすぐこの勝負に決着が着く。
 モニターに映る映像の乱れが次第に大きくなり、ぐわんぐわんと激しく揺れた。それに合わせて地鳴り音も部屋中に鳴り響く。カメラ越しの揺れと身体に響く轟音は、まるで控え室も揺れているようだった。

「大丈夫か?」
「うん、平気。……すごい」
「ナマエ、外で見たら腰抜かしそうだな」

 トウヤの言葉に、そうかもしれないなんて苦笑いで返す。モニター越しでも十分過ぎる圧倒的な技の迫力に、私の目線は画面へ釘付けになっていた。
 先によろめいたのはルカリオだった。
 しかし直前に投げられた二つ目の光は既にフィールド上を突き進んでおり、再びユキノオーを狙う。揺れが最大になるのと同時にそれは直撃し、この試合一番の衝撃波が波打った。
 地震の揺れと波動弾の衝撃で嵐のように巻き上げられた土煙。画面が再び濁っていき、フィールドがしんと静まり返る。
 バトルに詳しくない私でも今の技で決着が着いたことは分かる。この土煙が全て晴れた時、最後までフィールドに立っていた方が勝者。ぎゅっとこぶしを握り、勝負の行方をモニター越しに見守った。
 地鳴りの余韻と共にカメラの揺れも収まり始め、後を引いていた煙が晴れていく。
 ――そして。

『ルカリオ戦闘不能!勝者――』
 
 画面に映し出されたのはぐるぐると目を回し倒れ込むルカリオの姿。審判が右手に握る旗を勢いよくはためかせた。

「どうだった?試合」
 
 シロナさんが控え室を訪ねてきたのは、丁度試合が終わり休憩のアナウンスが流れた後の事だった。
 私の返事を待たずに、みんな強いでしょう?なんて誇らしげに言葉を続ける。その顔に普段見せるお茶目な女性の面影はなく、紛れもなくシンオウ地方のトップトレーナー・チャンピオンシロナとしての表情が垣間見えた。

「言葉に出来ないくらい見入っちゃった!」
「楽しめたみたいでよかった。腰抜かしてるんじゃないかって心配だったのよ?」
「まだ未遂ですよ」
「あぁ。なるほどこれから?」
「ちょっと!未遂でもこれからでもないから!」
 
 横から余計な野次を飛ばすトウヤ。それに悪ノリするように冗談を重ねてきたシロナさんへ抗議の意を上げるも、二人は相変わらず楽しそうに笑っていて余計に面白くない。シロナさんに至ってはさっきまでの凛としたチャンピオンの顔はすっかりどこかに消えてしまって、普段となんら変わらない様子。
 この二人は本当にこの後大試合が控えているのか。緊張とかしないのだろうか。
 そんなことを一瞬考えすぐにやめた。彼らが緊張なんてしそうに無い事は、これまでの付き合いでよく知っている。せめて話題を変えたくて少し強引に質問を投げた。

「今日の試合って他の地方のチャンピオンも来てるの?」
「あら、よく知ってるわね」

 カントーとジョウト。それからホウエンに、カロスやガラルからも来ている事を彼女は続けた。そんなシロナさんの言葉へ相槌を打ちながら指を折る。
 シンオウは勿論シロナさん。イッシュからはアイリスが来ているだろう。そこにトウヤを足して八人……?数える手が片手で足りなくなった頃、ふと違和感を覚え手が止まった。
 右手の中指を折りかけてやめてしまった私へ、シロナさんが不思議そうに声をかけてくる。なんでも聞いてくれていいわよと言いたげな表情で、そんな彼女に促されるように大した事じゃないんだけどもと口を開いた。

「トウヤってさ……、なんで出るの?」
 
 他にも沢山トレーナーはいただろうに。たまたまこちらへ来ていたトウヤに白羽の矢が立った、とか?それとも数合わせとか。思い当たる理由を一通り並べてみる。自分の中でおおよその見当もついていたし、返事だってすぐに返ってくると思っていた。
 ぽかんと口を開けたままのシロナさんと、その横で苦笑い気味に笑うトウヤ。何の気なしに口をついて出た疑問に対して、彼らの反応は予想外のものだった。
 
「まさかだけど……言ってないの?」
「いや、あーそうか。シンオウのニュースじゃ流れないよなぁ……」
「えっ何、どういう事?」

 目配せをする二人の様子に、もしかしてまだ何か隠してるのかとトウヤへ詰め寄る。だけど彼は、後で分かるからと言って楽しそうに笑うだけだった。そんなやり取りを見ていたシロナさんは、呆れた様子でナマエも大変ねえと呟いた。
 気付かなかったな、なんて笑う彼からは教えてくれそうな気配なんて微塵も感じられない。
 この男はいつも言葉が足りない。そういうところだと内心で悪態をつくも、この様子ではその時まで待つしかなさそうだった。
 私が内心で諦めモードへと入ったところで、スピーカーから軽やかな機械音が流れてくる。一呼吸空けて続いたのはスッキリと聞きやすい男性の声。二十分間の休憩を挟んだ後に、試合の組み合わせを抽選するとの事。その打ち合わせの為、チャンピオンは至急本部まで戻るようにと完結にメッセージを告げていた。
 きっと今日はチャンピオンが沢山来ているに違いないのだが、今のはここにいるシンオウチャンピオンへ宛てたメッセージだろう。案の定、聞いていたシロナさんは挨拶もそここそに慌ただしく部屋を出ていった。
 エキシビションマッチが始まるのはもうすぐだ。
 
 
***


 
 試合が流れていたモニターに待機中の文字が並ぶ。
 シロナさんがこの部屋を出て行ってどのくらいだろう。そう時間は経っていないはずだけど、今の自分にそんな事を気にする余裕は残っていなかった。
 隣ではナマエが何か楽しげに話しているが、そんな彼女の声も耳を抜けていくだけで何も頭に入ってこない。纏まらない思考を一度リセットしたくて小さく息を吐くも、残念ながら効果はあまり無いようだった。
 緊張には強い方だと思っていただけに情けない。せめて気を紛らわせる何かを探し無意識にポケットへ手を突っ込むが、すぐに後悔に変わる。
 指先に掠めた冷たく硬いそれへ、形をなぞるように指を這わせる。この中に収まっている小さな粒は、紛れもなく思考を占領している悩みの種だった。
 まだ寒さの厳しいシンオウへ彼女を連れてきたのも、興味が無い事を承知の上でエキシビションへ誘ったのも、全てはこれを彼女へ渡し伝えたい事が出来たからだ。その為に半年も前からあれこれ考えたし、腹を決めたのはもう随分前の事。
 度胸はある方だと思う。いや、思っていただけなのかもしれない。今の俺には心臓が口から出そうだなんて表現がぴったりで、人生一番の緊張にしっかりと振り回されていた。

「トウヤ?大丈夫?」
「……あぁ。うん、ごめん。なんだっけ?」

 ナマエの視線に顔をあげ、素直に聞いてなかったことを白状する。しかし彼女が話を続けることはなく、代わりに珍しいねなんて肩を揺らし笑い始めた。
 
「……、なんだよ」
「緊張とかするんだなと思って。だってトウヤは、いつも自分に自信があってその為の努力は絶対疎かにしないじゃん?」

 だから今回も大丈夫。そう呟いて穏やかに微笑むナマエ。
 大丈夫、とは十中八九試合のことだろう。それでも彼女の一言が、ずしりと乗せてしまっていた肩の荷をほんの少し軽くしてくれたように感じる。
 
「はー……、ほんと。お前には適わないわ」
「何言ってんの?大袈裟だなあ」
「いや。大袈裟なんかじゃないよ」

 彼女にとってはなんでもないような言葉だろう。だけど何度もそれに助けられてきた。英雄だと言われたあの時も。イッシュを長いこと離れていたこれまでも。そして、――これからもそうあればいいと思う。
 ナマエの存在がいつの間にか自分の中で当たり前になっていた。この先も無くしたくない大切な人、そう気付いたのは手紙を書くようになってからだった。
 スピーカーは再び軽快なリズムを刻み、エキシビション参加者への召集を告げる。そろそろみたいだねと呟き立ち上がろうとした彼女の手を掴み、軽く引き寄せた。
 先程まで喉の奥でつかえていた息苦しさはもう感じない。
 
「……トウヤ?」
「手出して、ナマエ」
「手?……えっ、これ、」
 
 ナマエの手の中で小さな星が輝いた。